最近思うのは、やっぱり詩を書いていればよかったんだなーということだ。
4日間だが連続して井上陽水の特集をNHKでやっていて、選挙でほとんどを見損ねる。
今日も、京浜の所長の歓送迎会から帰ったら、残り25分となっている。
沢木耕太郎、小田和正、五木博之、声だけだけど姜さんじゅん(字を忘れました)?などがコメントをいれ、
本人のコメントがそれを追いかけ、彼の唄う姿が映る。
彼の詩がどうやってできたかの根源が、小室等の家で聞いていたボブディランだった・・というのが今日の伏線で、彼は「詩」にもすごくこだわったってことが伝わるんだけど、
きのうは、ジョンレノンも引っ張り出されて、自分は彼とは違うっていってる・・。
でも
ボブのことは否定してない。
彼の歌の特徴がどこにあるかといえば、詩もあるけど、リズム感、とわたしは思う。
ジャーズのようなリズム、長い字余りの詩にあう一定のトーンを一定時間続けるあの息継ぎの間の
揺らめくメロディー。
それにのっかている言葉は、陽水自ら認めているように、
ボブディランの詩のスタイルにとても影響を受けたそうだ。
なるべく分かりにくい詩をめざす。分かりやすいことが好きな人もいるけど。が印象的。
彼の歌を聴いていて、一番ゾクッとしたのは、
「ねえ、教えて、本当は、誰がすきなの」だ。
これを、男性が言うのが、いいね。
しかも、分かりにくいほうが楽しいと思っている詩人が、そこを知りたいという本音を持ってしまうという
人生はパロディーじゃなあーーい?!という皮肉が、いいよね。
こういうセリフを言われたら、
あなたならどうする?
そこはやっぱり、分かりにくくしとかなくちゃね。
「好きなひとなんていない」としときますか?
「それほど好きになる人なんてこの世の中にはいないわ」・・か、
それとも、
「人なんてすきにならないのよ」・・。
やっぱり答えないのがベストだね。
★
ねえ、教えて、本当に好きな人は誰?
と聞かれたら、やっぱり答えないのがベスト。
だって、いったい誰をすきなんだろう?!
答えを見つける前に、一日は暮れてしまう。
そのうち、夜がやってきて、それでも答えはみつからない、
何日も宿題を抱えてしまい、
結局、「好きな人」が「好きになるべき人」になってしまったりして、
やっぱりいないじゃん。
そうすると、ジーザズクライスト。
そう、私がほんとうに好きなのは、
わたしのために十字架にかかったあの人。
この続きにもう少し空の青が入って、
そうすれば、詩は完成だけど。
しばらく書いてないので、疲れる。
陽水に詩を返しておこう。途中までの詩